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祖父とのお別れの日 [自分のこと・思うこと]

今日はおじいちゃんとのお別れの日。
父は昨日から今晩の「忍ぶ会」、明日の「お別れ会」の準備で大変そうです。
母は私と兄に、自分の父を送り出す父の姿を見ておいてほしいと言ってました。
次はあなたたちが私達を送り出すんだからね、と。
・・・その通りですが、
この年になるとかなり重い言葉です。

札幌のおじいちゃんの家に着くと
おじいちゃんが白い布団と白い布を掛けられ
ベッドに横たわっていました。
白い布をとるとまだ目の回りがほんのり赤い、
最後GWに会った時と同じおじいちゃんの顔がありました。
ひとつだけ違うのはもう息をしていないこと。
でも「Aiちゃん、よくきたね」って言うおじいちゃんの声が聞こえてくるようで
しばらくおじいちゃんのそばに座らせてもらいました。

1年の闘病生活、どんなにしんどくてつらかったことでしょう。
最後に両親がおばあちゃんを連れて面会に来た日、
帰る前におじいちゃんは胸の前で両手を合わせ
「ありがとう」のポーズで皆を見送ったのだそうです。

おじいちゃんと同じ93才になったおばあちゃんの介護、入院を経て
歩いてお見舞いにこれるまで回復に導いた父と父の兄妹たちと母に
最後に感謝の気持ちを伝えたかったんだね。
元気なおばあちゃんを見てホッとしたのか
おじいちゃんの容体はその後急変し
2日後に息を引き取ったのだそうです。

昼過ぎに湯灌をしてもらいキレイになったおじいちゃん。
背広にループタイという
いつも旅行の時にきていた服に着替えさせてもらっていました。
背広には満州鉄道のピンバッチが光っています。
満州鉄道で働いていたおじいちゃんが大切にしていたピンバッチだそうです。
そしてお出かけの時にいつもかぶっていた黒いベレーも。
ちょっと旅行に行ってくるわ、って格好で
ベッドに横たわっているおじいちゃんの顔を
一人一人脱脂綿で拭きました。
本当にきれいなお顔でした。
また涙が溢れました。

その後おじいちゃんは葬儀所に運ばれて行き、
私達も車で葬儀所に向かいました。

たくさんのお花に飾られたおじいちゃんの遺影は
病気になる前のふっくらした笑顔で
懐かしいおじいちゃんの顔だ、と嬉しくなりました。

兄や両親が最後の打ち合わせでバタバタしている中
私はぼーっとおじいちゃんとの思い出を頭に巡らせていました。

おじいちゃんに一番たくさんもらったのは
「Aiちゃんは大丈夫だ。」
と言う言葉でした。
受験の時も、結婚するときも、子育てを始めたときも、
そして最後に会った時にもらった言葉も、
「Aiちゃんは大丈夫だ。」でした。

わたしのことを100%信頼して見守ってくれていたおじいちゃん。
今まで沢山の愛情をありがとう。
私は大丈夫。
これからも神戸で私らしく生きるよ。
おじいちゃんの初曾孫の海ちゃんとあーちゃんに、
命のバトンをしっかり渡していくよ。
おじいちゃんの生きた証を、しっかり受け継いで行くよ。
だから安心して、見守っていて。
今までも、これからも。
ず―っとね。
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